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〜揺られ揺られる、日々の思いを、君へ、あなたへ〜

-花びら-

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健太郎
例えば、この世の中に、意味のあることなど、ないかもしれない。

10代の頃かな、あらゆるものが無価値に思えて。

だから、ニートになったり、病気になったり。

色んなことが、降りかかってきた。

あるときには、ニートや病気や、そういうものも、我が身に降りかかる、自分の蒔いた種かな、とも考えていた。

けれども、自分の蒔いた種もあるけど、勝手にふっかけられた喧嘩もあるし、何の理由もなしにぶちまけられた憎しみもある。

そういうことにも、気がついてくるようになった。

自分の蒔いた種、は確かに沢山ある。

しかし、勝手に咲いてる花があるのは事実だし、勝手に祀り上げられる花びらも、多分にわたしの身体中を駆け巡っておる。

気がついたときには、恋愛でしかない渦中に、いつのまにか、そのなかにいて、なんかもうどうにもならないこともあるし、ふと周りを見たら、果てしない憎しみに取り囲まれておることもある。

それが、どこからどこまでが、自分の蒔いた種かというと。

それはきっと、最初の種を蒔いたのは、わたしである。

そういうケースもあろうと思う。

けれども、ほぼほぼ、そんな種は蒔いた覚えもないし、どうしてこの人は、いつのまにか、わたしの目の前にいるのだろう。

一体、いつから、この人は、わたしのことを見ていたのだろう。

それが、ほぼほぼ、もやは何にもわからないケースもあり、少なくとも、わたしの目の前では、日常茶飯事に、繰り広げられておる。

いつから、わたしは、見られていたのだろう。

どこかで、わたしは、種を蒔いていたのだろうか。

その、種が、まったくどこにも見えないケースである。

そういうケースもあることを、わたしは、ここ数年で、腐るほど沢山、経験してきた。

誰が何を思いながら、誰が何を求めながら、そこにいるのか、わたしの現実把握能力では、判別不可能なのである。

だから、わたしは、本を書いておる。

その、日常を、なるべく普遍化したくて。

きっと、ふわふわした日常には、怒りも憎しみもあろうと思う。

それでも、あなたに、幸せを。

では、また佳き日に。
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健太郎
Posted by健太郎

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