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〜揺られ揺られる、日々の思いを、君へ、あなたへ〜

-あの鐘の鳴る日に-

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健太郎
こんばんは。

夜分に失礼いたします。

とはいえblogなので、多分、見やすい時間帯に見てくれていると思うので、お時間をありがとうございます。

こないだ、西野亮廣さんが近畿大学の卒業式でスピーチをされたそうです。

早速、動画を拝見いたしました。

そして、合わせて、一昨年の又吉直樹さんのスピーチも拝見しました。

お二人とも、しんどいときは、これから訪れる幸せへの準備期間、という話と、過去は未来を変えることで、良くも悪くもできる、失敗はそこでやめてしまうから失敗なのだ、というほとんど同じトーンのお話をされていました。

まあ、自己啓発的には、ありきたりな話ですし、お二人ともわたしと同い年なので、過ごしてきた環境はそれぞれ異なるにしても、まあ、年齢の離れた人よりかは、似たような現実や社会の変化のありようを見ながら、同じ時代を過ごしてきたのではなかろうかな、と思いました。

わたしは、音楽を作ったり、本を書いたり、絵を描いたり、短歌を詠んだり、色々なことをしております。

しかしながらも、西野さんや又吉さんと比べても、わたしはまだ下積みとも言える境遇のなかを過ごしております。

そこで、わたしが、あまりに自信満々だったら、その方が問題児になってしまうので、ある程度の自信のなさは最低限は必要かな、と感じながら過ごしております。

そうでないと、作品の質は上がらないし、これから来たるべき未来さえ、訪れなくなってしまいます。

そして、わたしは、今まさに、西野さんのお話している11時台を過ごしております。

もうかれこれ、何年も何年も、まだ来ない、来たるべき12時の鐘の鳴るときに備えて、日々ひとつずつ、足を、歩みを進めております。

小学生や中高生には、ばかにされ、指を差され、同年代やその付近の男女には、憐れみの視線や心ない言葉を浴びせられ、年配の男女には、小さな子どものように扱われ、あしらわれ。

それは、屈辱的な日々ですし、やるせないし、かなしいし、悔しいですよね、わたしも人間ですから。

友人からは疎遠になり、恋愛には腫れもののように触れられ、仕事は続かないし見つからない、家族からは別な世界の人間のように扱われ。

ほんとうに、何を頼りに、というなら、それでも叶わぬ理想のなかで、一緒に歩んでいる音楽や演劇、絵画や文学などの仲間との日々、そして、陰ながら応援してくれる小さな声、ただそれだけを頼りに過ごしておる日々です。

きっと、こうして、これからSNSにもリンクを貼りますが、見に来てくれる方のなかには、そういう思いを、苦虫を噛むような思いで噛み潰しておる方もおられるかもわかりません。

わたしも、頑張っております。

きっと、12時の鐘を鳴らしましょう。

そして、きっと鳴らします。

陰ながら応援してくれるあなた、君の期待に応えようかはわかりませぬが、きっと、あの鐘を鳴らしに参ります。

どうぞ、ゆるやかな時空の流れで、その日を、待っていてください。

きっと、あなたの声を、心を、無駄にはいたしません。

それでは、またあの鐘の見える日に。

また、憂いの好日に。




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健太郎
Posted by健太郎

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